ノーレイティング

 「ノーレイティング」とは、企業の人事評価において、相対評価で社員をランク付けする年次評価をやめることをいいます。

 ギャップ、マイクロソフト、GE、アドビシステムズ、アクセンチュア、IBMといったグローバルカンパニーが「ノーレイティング」を導入し、大きな話題を呼んでいます。アメリカでは経済誌フォーチュンが企業の総収入にもとづいて全米上位500社をランキングするフォーチュン500の企業の1割以上が、2015年時点でレイティング廃止に踏み切っています。2017年までに半数が廃止すると予想する研究者もいるほどで、欧米において「ノーレイティング」がパフォーマンスマネジメントの新潮流となっています。

 ノーレイティングとは、まったく評価をしないということではありません。 年度末に実施する、A,B,Cといった社員のランク付け(レイティング)と、年度単位での社員の評価を止めるという動きのことです。2012年頃からアメリカ企業において、年次評価を廃止する企業が増えています。

 日本企業と同じく、アメリカ企業においても年初に当年度の目標を設定し、中間段階で進捗状況のすり合わせを行ない、年度末に実績を踏まえてランク付け(レイティング) を実施して、本人にフィードバックを行なうというプロセスが一般的に行われてきました。ノーレイティングは、このような従来の目標管理・評価のプロセス全体を変革する動きと捉えることができます。全体像としては以下の図のようになっています。

従来の評価制度とこれからの評価制度の比較表

1.レイティングの問題点

 レイティングの問題点を3点あげるとしたら、1点目は心理的安全が得られないことにあります。失敗をしたり、間違ったりすることで、評価が下げられると思うと萎縮をしてしまいます。当然、高いパフォーマンスは発揮できません。グーグルで成功しているチームの持つ特性を分析したところ、心理的安全が最も重要な要因であることが判明しています。

 2点目に評価エラーの問題があります。会社の画一的な指標では多様な人材を正確に評価することは難しくなってきています。これからの時代は専門性の高い、尖った人材の必要性が高まっていますが、社内のモノサシで測ると、そういった人材がC評価などになってしまうということも頻繁に起こり得るのです。

 3点目として、会社の大多数を占める中間層のモチベーションを下げるということがあります。多くの会社がそうだと思いますが、例えば、A~Eの5段階で評価をした場合、ほとんどがBやCに固まることになります。そして、BやCをつけられた人はモチベーションが上がることはほぼありません。であるならば、ランク付けなどをせずに皆にモチベーション高く働いてもらった方が得策だという考えです。

2.重要なのはフィードバックと対話

 レイティングはしませんが、もちろん、結果に対するフィードバックは行ないます。むしろ、これまで以上にフィードバックや対話を増やし、人と組織のパフォーマンスを最大化することが、今回の評価制度の変革における本質です。そもそもですが、この動きはビジネス環境の変化が背景にあります。端的に言うと、ビジネスを取り巻くスピードが加速しています。

 新サービスが受け入れてもらえるかは、実際市場に出してみないとわからない。最低限の機能を備えた段階で市場へ投入し、顧客の声を聞きながら変更を加えていくアジャイル(機敏)な仕事の進め方をしなければ競争に勝てなくなっています。このような仕事の進め方になると、個人の目標設定やフィードバックもアジャイル(機敏)に実施されないと現場と整合性が取れなくなります。設定した目標が数週間や数日で変わらざるを得なくなることもあるからです。 個人の目標設定やフィードバックがアジャイルに行われるようになると、現場は活性化をし、業務変革を起こしやすくなります。結果としてパフォーマンスは上がります。また、コラボレーションやヒトの強みを活かすことの重要さも最新の調査や研究から指摘されてきています。

 レイティングの問題点の中でも述べましたが、メンバーに最大のパフォーマンスを出してもらうには心理的安全や内発的なモチベーションが必要です。それを引き出すのが頻度の高いフィードバックや対話なのです。この大きな変革の動きは以下の図のようにまとめられます。

これからの評価制度の基本原則

3.報酬や昇進の決め方

 ランク付けをしないと、報酬や昇進が決められないのではという疑問は多いですが、心配はありません。具体的に、どう報酬額を決めるのかと言えば、最も代表的なのが、マネージャーに原資を渡してマネージャーが決定する方法です。年次評価がなくても、業績に関するデータや日々の仕事に関する情報をマネージャーは当然把握しています。さらに、期中の頻繁な対話の中で、メンバーは自分の評価がどのくらいの位置にあるのかがすりあっています。そのため、報酬決定もレイティングがあった頃よりも納得感の高いものになっています。

 また、昇進に関しては、年次評価がなくなったとしても何ら今までとは変わりはありません。ほとんどの企業において年次評価だけを見て昇進を決定していないからです。新たな役割を遂行するための能力やリーダーシップに関するアセスメントを実施して、総合的に昇進を判断しています。」「マネージャーはそんなに頻度高く面談を出来るのか?という声も多く聞かれます。メンバーの能力開発もマネージャーの仕事だというマインドの変化が一番重要です。

 これまでは業績偏重、つまり短期的な財務の視点で、プロセス管理をするだけでした。そうではなく、メンバーと対話をし、キャリアを共に考えていくことがマネージャーの仕事となるべきです。まずはこの意識改革が必要でしょう。もちろん、経営者が陣頭指揮をとるべきです。今まで評価期間にグンと上がっていた対話量を平準化することで、使う時間は変わらないという考え方もあります。加えて、これまで、部下から提出されるたくさんの情報とアピールを収集し、たくさんの時間をかけて年次評価し、ランク付けをしていたことから開放されます。 その時間を対話に使っていくのです。

4.ノーレイティング制度の事例紹介

 実際にノーレイティング制度を導入した企業はどのように実践しているのか、事例をご紹介します。

<GEの「9ブロック」廃止>

 これまで多くの日本企業も参考にしてきたGEの人事評価制度の「9ブロック」ですが、同社は2016年に9ブロックを廃止しました。その背景にはVUCAとも言われる現代において、製造業にもスピードが求められるようになり、GEでもより迅速な製品開発プロセスが導入されました。時代の変化に伴い企業文化そのものを変えていく必要があると感じ、スピード感のない9ブロックという制度を廃止したそうです。

 その代わりに用いられたのが、パフォーマンスディベロップメントと1on1を中心にしたタッチポイント制度です。上司と部下がインサイトを共有する機会をあらゆる場面で作り出すことによって、360度評価を実現しています。